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2011年4月13日 (水)

アトムとウランのとき

Img_3143

古新聞を仕事で使ってたら、アトムのイラストが目に留まりました。

仕事をしてても、やはり気になるのは「あの」こと。
原発について書くのはやめようと思っていたのだけれど、迷いながら迷いながら。ちょっとだけお許しください。

原発が現実的に考えられ始めた頃のことを想像してしまいます。
そのころの日本は戦争のあとで国土も誇りもボロボロで、それでも復活しようとしてた時代。
僕のじいさんたちの世代は、誇りを取り戻し、欧米に負けないような国を僕たちに残そうとしたのではないのかな。
国土も狭く資源もないこの国では、高い技術力とそれを支える国民性がこの国を豊かな新しい国に作り替えるだろうと。
そんな時代に、自前の原子力発電所をもつことは、もしかしたら国民の誇りを取り戻させ、「原子の灯」は少なからず希望をあたえたのでは。。。

また、他国で核兵器の開発が盛んだった頃に、日本なら平和利用に使うことができるという意思もあったかもしれない。

もちろん、これは「善く」考え過ぎだろうと思います。
「技術力」に過信し、偏りすぎたかもしれない。

こんなことを書くと、「お前は原発推進派か」とおしかりを受けるかもしれません。
すみません。
推進派ではありません。
ただ、これからのことをよくよく考えたいと思っています。
この国の美しさ、誇り、過ち、可能性、未来につても。

青森での学生時代は六ヶ所村のことも考えたものですが、距離が遠くなると考えることもなくなってしまいました。
六ヶ所のことも忘れて、日常電気を無神経に使っていました。

電気がどこでどうやって作られているかも忘れて。

フクシマの原発は誕生から40余年の今、大津波をうけて危険な状態に陥ってしまい、この国の(いや世界の)厄介者となってしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・

馬鹿げたこととわかってはいるけれど。
いま、水素爆発でボロボロになったフクシマの原発を見ると、自分の力をコントロールできずに泣いている、大きな怪物の瀕死の子供を想像してしまうのです。

「ゴメンナサイ」と言いながら、泣いている。
「イママデミンナノヤクニタテタカナ」と。

・・・・・・・・・・・・・・・・
僕らはこれからどんな未来を描くだろう。
この国の子供たちに、どんな希望を与えられるだろう。

 

アトムは小型の原子炉で動いているんだったかな。
手塚さんは、どんな思いでアトムを生んだのでしょうか。














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